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女城主 直虎のお話

直虎,純国産 しずおかプーアール茶

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2017年のNHK大河ドラマは、静岡県浜松市北部を中心とした、戦国物語です。 お茶のあや香園の純国産 しずおかプーアール茶は、静岡県中部地方大井川上流域が原料の茶葉栽培地です。 大井川より西に位置し、浜松市の北部(旧引佐町)が舞台です。 静岡県でも戦国の世を生き抜いた有名な武将が数多く出ております。 今回のドラマは、武将といっても男子ではありません。主人公は、女子です。 波乱万丈の生きざまを簡単ではございますが、ご紹介してまいります。
■井伊家のふるさとは、遠江(とおとうみ)の井伊谷
井伊といえば幕末の大老、井伊直弼が思い浮かびます。 井伊直弼は近江彦根藩主ですが、井伊家が彦根に移ったには井伊直政からです。直政を養育したのが直虎です。 井伊家は直政以前は、遠江の井伊谷が領地でした。浜名湖の北部に位置しております。 直虎はここで生まれ育ち、井伊谷城の女城主となりました。 直虎が育てた直政は、徳川に使え、徳川四天王の一人として徳川幕府を支えました。
■井伊家の始祖は井戸から生まれた?
井伊家の祖先は藤原北家の藤原良門(よしかど)といわれています。 その4代後が藤原共資(ともすけ)、次の共保(ともやす)から井伊氏を名乗りました。 井伊共保の出生には伝説があり、共保は井戸から生まれた神の子といわれています。 井伊谷の渭伊(いい)神社に井戸があり、寛弘7年元旦、その井戸から 生まれた赤ん坊を神主が大事に育てました。 公家の藤原共資は天皇の命で、遠江を視察に来ていた際に、井戸で生まれた子供のことを 聞き、男の子がいなかった共資はその子をもらい受け、共保と名付け 家督を相続させました。 共保は井伊谷に城を築き領主となり、勇武絶倫、人格者で郷土の人々からたいへん支持されたということです。
■井伊家の家紋
井伊家の家紋は橘紋です。これは共保が生まれた井戸のそばに橘の樹が自生していたことに由来します。 橘は古事記ではトキジクノカクノミと記され、不老不死の実といわれ縁起物とされております。 橘紋は徳川幕府に届けた定紋で、井桁紋は替紋として使われました。 武家では本紋のみというケースの方が稀で、ほとんどの家が複数の家紋を持っていました。
■系図にはない直虎の名前
直虎の幼名は不明で、出家してからは、僧名「次郎法師」を名乗ります。「直虎」は、還俗し、 女城主となってからの名前です。 しかし、 「直虎」の名前は井伊家歴代当主の系図には載っていません。 「直虎」の名前がみられるのは「蜂咲神社」の一通の文書だけです。そこには、力強い「直虎」の署名 と花押が残っています。
■許嫁は幼なじみ
直虎が暮らす井伊谷城本丸の別館北に、直満の屋敷があった。息子の直親(亀之丞)もここで生まれ育ちました。 本家の娘直虎は、直親にとって憧れのお姫様だったのでは。幼なじみの二人が許嫁となり、婚約が決まったとき、 直親はまだ7歳でした。
■直親(亀之丞)危うし
直親の父親、直満は密告により今川に対して謀反の疑いをかけられ駿府で殺害されてしまいます。 そして義元から「直満実子、亀之丞も殺害せよ」との命が下った。
■直親(亀之丞)逃亡生活
今川からの刺客が迫っていた。直満の家臣、今村藤七郎は、亀之丞を城から連れ出し、井伊谷の山中、黒田郷 に隠れました。藤七郎は、追ってを恐れ、「亀之丞病死、藤七郎自害」という偽情報を流し、されあに逃亡を続けた。 その後、伊那谷(長野県下伊那郡高森町)の松源寺にかくまってもらうことになります。
■直親(亀之丞)は信州の伊那で元服、結婚。相手は…
15歳を過ぎたころ、亀之丞は元服した。そして、地元島田村の代官、塩沢氏の娘を妻にした。 亀之丞には、二人の子供ができた。女子一人と男子一人。井伊谷に帰還する際 親子の証として息子に短刀を渡し、妻と息子を実家塩沢家に返したということです。 その後息子は麹屋をはじめました。麹屋は、現在でも存在しており、短刀はこの家の 家宝として伝わっているそうです。 亀の丞は伊那の人々の温情に癒されたが、望郷の念は消えなかった。残してきた直虎のことも気がかりだった。 亀の丞は寂しくなると、井伊谷から持ってきた横笛を吹いていた。「青葉の笛」といい、この笛は亀之丞が井伊谷へ 帰還する途中、寺野八幡神社に奉納され今でも残っています。
■直虎、出家を決意!
直虎が一途に恋い焦れて、待ち続けていた、直親は伊那で結婚してしまい、直虎は、 今さら別人と一緒になる気はなかった。適齢期はとっくに過ぎていた。 いっそのこと出家しようと決意した。 当時の女性の適齢期は13歳〜15歳。直虎は、20歳間近であった。
■次郎法師誕生
直虎は龍潭寺の南渓和尚に剃髪して尼になることを告げた。 和尚は「それなら僧になれ」といった。ひとたび尼になれば還俗はしにくいが、僧侶なら還俗しやすいからだ。 井伊家の惣領は代々「備中次郎」と名乗った。そこで直虎には「次郎法師」という僧名が授けられた。

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■直親帰国へ
伊那谷も政情が不安になってきた。武田信玄が進攻してきたのだ。 圧倒的な信玄の軍事力に、ほとんどの豪族は降伏した。松岡貞利も例外ではなかった。 直親はこれ以上松岡氏に保護してもらうこともできなくなっていた。直親は帰国を決意する。 井伊谷を離れて11年の月日が過ぎていた。 妻と男子は妻の実家、塩沢家に返して、女の子だけを連れ帰った。 直盛は、直親が妻を置いてきたことに安堵する。直虎に還俗してもらい、帰還した直親と結婚してほしかったのだ。 しかし、直虎の意思は固く、「仏門に入ったからには、還俗する気はありません」と突っぱねた。 直盛は困り果てただ、男子の後継ぎは直親しかいなかった。直親を養子に向かい入れ、他の女性と結婚させることにした。
■桶狭間の戦い
永禄三年五月十二日、今川義元が出陣した。直盛も従軍し、先発隊となった。直親は 留守をまかされた。直虎は念仏をとなえて父、直盛の無事を祈った。 松平元康(徳川家康)も従軍。元康は小田方の丸根砦を落とし、朝比奈泰朝も鷲津砦を落とし、連勝の知らせに、喜び 桶狭間で休憩し酒宴をはじめた。それから、突然夕立となり雨が上がったころに突然小田軍が現れた。 直盛がいる先発隊と義元の本隊が襲われた。縦に伸びた大軍を横から攻撃されたのだ。 義元は必死で応戦したが毛利新助に討たれる。 井伊直盛は深手を負っていた。もはやこれまっでと、自害した。 主だった家臣16人がこれに殉じた。この戦いで、井伊家一族からは200人もの犠牲者が出た。
■直盛の亡骸が戻ってきた
直盛に遺体が戻ってきた。龍潭寺で葬儀が行われた。 直盛の法号は、「龍潭寺殿天運道鑑大善居士」となる。母は南渓の元で出家し「祐椿尼」となった。 龍潭寺の名称もこの時からで、それまでは「龍泰寺」だった。龍潭とは「龍の棲む淵」という意味です。
■元康(徳川家康)、今川から離反する
永禄三年五月十九日、今川義元が桶狭間で配線との知らせが家康の元に届く。 家康は義元の命令で大高城に入っていた。っして、城でいったん今川の菩提寺、大樹寺に入った。 今川軍は駿河に撤退した。家康はこれを待っていたのだ。「今川の傘下から逃れるチャンス」。 二十三日に松平の居城岡崎城を今川から奪還した。
■虎松誕生
永禄三年五月、井伊直盛は桶狭間で戦死し、直親が後を継ぎ、23代目当主となる。 翌年2月、虎松が生まれ井伊家の後継ぎの誕生だ。 虎松の誕生の1ヶ月前、虎松の祖父、奥山朝利が殺されている。朝利は直親の妻の父親だ。 殺したのは、家老・小野道好だ。 小野道好は奥山朝利が井伊家中枢に入って、実権を握ることを恐れた。井伊家の筆頭は、あくまでも 小野家なのだ。そこで、奥山排斥に動く。道好は、今川氏真に虚言し、氏真の命令で奥山朝利を殺害したのだ。
■直親と小野道好との深まる亀裂 直盛は遺言で「直親と小野家との主従関係が心もとない。中野直由に井伊谷城主になって、井伊家をまとめて欲しい」 と頼んでいた。義父殺害の経緯で、小野道好と井伊直親の折り合いは決定的に悪くなった。いよいよ道好は直親排斥 の陰謀を企てることになる。
つづく
参考資料:明日香出版社 井伊直虎のことがマンガで3時間でわかる本 津田太愚著
■■系図にない「直虎」の名前■■
■直虎はどこで生まれたか
井伊直虎井伊家22代当主・井伊直盛の娘として生まれた。生年は天文5年(1536年)くらいと推定。
母親は今川家家臣・新野親のりの妹。親のりは今川家から井伊家の目付役として井伊谷に派遣されていた。今川の家臣だが井伊家に親近感を持っていた。
その他